UNHCR エチオピア 小坂 順一郎(こさか じゅんいちろう)渉外担当官インタビュー

難民キャンプという「先の見えない場所」に向き合う

公開日 : 2024-08-08

UNHCR (国連難民高等弁務官事務所) の難民援助活動に関心をお寄せくださり、誠にありがとうございます。UNHCRエチオピアで渉外担当官をしております小坂順一郎と申します。

難民キャンプは「先の見えない場所」

2016年夏、南スーダンの状況が悪化し、わずか3か月間に27万人がウガンダに避難しました。その際、私はUNHCRの緊急対応チームの一員として日本から派遣されて「ビディビディ難民居住区」をいちから立ち上げる仕事に3か月間携わりました。その中で今でも忘れられない光景があります。

ビディビディ難民居住区の中にお墓を作ったときのことです。NGOの人たちが一生懸命汗をかきながらお墓を掘っているのですが、周りの難民はぼーっとそれを見ているのです。普通の社会の場合、仲間が亡くなったら皆で協力してお互いに手を貸しあったりしますが、全くそういうことはありませんでした。

それはなぜなのか。やはり難民キャンプという場所の人間関係の希薄さ、「人間らしい社会」の欠如によるものではないかと思ったのを覚えています。

私たちが暮らす人間社会は何十年何百年とかけて、ゆっくりと築かれてきました。一方、難民キャンプはいきなり知らない場所に何千人何万人もの人が集まって避難生活が始まるのです。

難民キャンプには私たちが日々暮らしているような社会や生活はありません。そして難民キャンプでの生活は「先の見えない場所」でのサバイバルです。そうした環境に置かれた人々の避難生活を支えるUNHCRの支援には意味がある。そう信じて今日も援助活動に取り組んでいます。

複雑な状況を抱えるエチオピア

皆様はエチオピア国内のUNHCR支援対象者の約85%がキャンプ*1に居住していることをご存じでしょうか。

[*1] UNHCR Global Trends 2023 - Annex 'Table 12 | Population by type of accommodation, country/territory of asylum, and population type | end-2023
キャンプには以下を含みます:計画・管理されたキャンプ/自主的なキャンプ/集合センター/受付・一時滞在キャンプ

難民キャンプの簡素なテントで家族が避難生活を送る姿をニュースなどでご覧になって胸を痛めた方もいらっしゃると思います。エチオピアには20か所の難民キャンプと5か所の難民居住地があり*2、多くの難民・国内避難民が避難生活を送っています。

[*2] 難民キャンプ・難民居住地の数:2024年5月時点
出典:ETHIOPIA UNHCR Operational Overview - May 2024<https://data.unhcr.org/en/documents/details/109438

エチオピア政府は難民の受け入れに寛容で約105万人の難民を受け入れています。*3その他エチオピアには国内避難民 約439万人*4、国内の避難先からの帰還民が約255万人*5います。

UNHCR Operational Data Portal ETHIOPIA<https://data.unhcr.org/en/country/eth
[*3] 難民数:2024/5/31付 Source UNHCR, Government
[*4] 国内避難民数:2024/2/29付 Source IOM
[*5] 国内の避難先からの帰還民数:2023/12/31付 Source IOM

UNHCRはエチオピア国内に26の活動拠点があり*6、職員は膨大な数の支援対象者に対応するため、いくつかのオペレーションに分かれて援助活動に取り組んでいます。

[*6] UNHCR活動拠点数:2024年5月時点
出典:ETHIOPIA UNHCR Operational Overview - May 2024<https://data.unhcr.org/en/documents/details/109438

エチオピア国内のUNHCR活動拠点の地図

2024年7月時点で最も大きな課題はスーダン難民対応です。

エチオピアへ避難しているスーダン難民はチャドやエジプトと比較すれば少ないですが、エチオピアは2020年にティグライ州で武力衝突が起きるまでは緊急事態に慣れている国ではなかったため、エチオピアの政府関係者を含めて、新しい難民の流入にどのように対応するかというのが課題となっています。

次に大きな課題は北部ティグライ州への帰還民支援です。ティグライ州の武力衝突(2020年11月~2022年11月)では連邦政府側とティグライ人民解放戦線(TPLF)の間で激しい戦いが約2年間続き、民間人も多数犠牲になりました。この凄惨な内戦はエチオピアの社会・経済に深い傷跡を残し、治安の悪化・物価高騰を招きました。2024年現在、UNHCRはティグライ州への帰還民支援に取り組んでいます。

3つ目の課題は長引いている難民状況、特にソマリ州のソマリア難民やガンベラ州の南スーダン難民に対して、いかに人道支援から卒業して開発支援やエチオピア社会への統合にシフトしていけるかということ。支援方法を変えていくことが大きなテーマです。UNHCRは緊急支援の多い人道支援機関ですが、開発的な視点に基づく複数年の支援計画にも取り組む必要があります。

紛争による難民から気候難民まで。緊急支援から数十年に及ぶ避難生活を送る難民をエチオピアに統合する開発支援まで。エチオピア国内の状況は複雑でUNHCRの援助活動も多岐にわたります。

重要性を増す「エネルギーと環境」に関する支援

その中で、昨今重要性を増しているのが「エネルギーと環境」に関する支援です。いかに環境への負荷を軽減する形で避難生活に必要なエネルギーを調達するか。ソーラーエネルギーのようなクリーンで持続可能なエネルギーの導入に取り組んでいます。

UNHCRはエチオピア南部メルカディダ難民キャンプにソーラー発電所を作りました。また難民キャンプにおいて街灯は防犯の意味でも非常に重要な役割を果たしているのですが、UNHCRはミルカーン居住区やドロ地区などエチオピア各地の難民受け入れ地域にソーラー街灯を設置する支援も実施しています。

「UNHCR職員と難民はこんなに距離が近いのか」

私が援助活動の現場で実感するUNHCRの強みの中で、とりわけすごいと思うのは「地域連携保護官(Community-Based Protection Officer)」の活動です。この職務に就いたUNHCR職員は難民と共に生活し、難民がどのようなリスクに直面しどのような支援を必要としているかを、難民と対話しながら見出します。

支援国の政府関係者などが難民キャンプ視察をする際、地域連携保護官が先導するのですが、ひとつひとつのテントに挨拶して、出てきた難民の若者と握手して「元気?」などと会話しながら進んでいきます。車で難民キャンプの中を通るときも「あそこに学校があります」「ここに医療クリニックがあります」と言いながら、その都度、難民とコミュニケーションをとりながら進む。その様子を見て視察に来た人も「UNHCR職員と難民はこんなに距離が近いのか」と驚くことが多いです。

UNHCR以外にも現場で活動する団体はたくさんありますが、UNHCRの援助活動はまず難民のところに行かなければ始まらない。多くの難民キャンプは現地の人が住まないような僻地へきちにあるため、UNHCRの事務所や活動拠点もその近くに作られます。

整備されていない道路を四輪駆動車で片道1時間2時間揺られながら毎日通う。UNHCRの援助活動はそこから始まります。UNHCR職員と難民との近さは「難民が実際に必要としている支援」を届ける上で非常に大きな強みだと感じます。

一方、UNHCRエチオピアは深刻な資金不足に直面しています。活動予算は昨年末に約10%削減、今年もすでに約10%凍結されました。昨年から今年にかけて約100名の人員削減も行われました。UNHCRが担ってきた支援をエチオピアの人道支援関係者に引き継ぐことも重要な課題となっています。

国連は天国に導くのではなく地獄から救う機関

ときに無力感に苛まれ悩みのつきない中、私を支える言葉があります。それはダグ・ハマーショルド第二代国連事務総長が、アメリカの政治家・外交官ヘンリー・カボット・ロッジ・ジュニアの言葉を取り上げて語った言葉です。

「国連は私たちを天国に導くためではなく、私たちを地獄から救うために創設されたといわれています。この言葉は、私がこれまでに聞いたどの言葉よりも、国連の不可欠な役割と、私たちがそれを支援する際の心構えの両者を、見事に表現しています」*7

[*7] 国連広報センター公式サイト「『われら人民』のために...国連憲章の適用と適応で、より強く実効的な国連を目指したダグ・ハマーショルドの遺産を振り返って」<https://www.unic.or.jp/activities/international_observances/un70/un_chronicle/hammargren/#a5

支援がなければ避難してきた人達は国境地帯でどこにも行けなくてあっという間に病気になって、餓死してしまったり、水もなかったりしてまさに生き地獄になってしまいます。そしてUNHCRの支援はまさにそういった場面で「地獄から救うこと」に寄与していると思うのです。

人間は大丈夫なのだと思えるときが来る

私はよく視察同行などで難民キャンプを訪れるのですが、暗い気持ちを抱えて帰ってくることもしばしばです。たまたま戦争にあって自分たちの出身国、出身地を根こそぎとられた人たちが「先の見えない場所」で不安を抱えながら生活している姿や、どう頑張っても難民キャンプは難民たちにとっては仮の場所に過ぎないという厳しい現実に悲しくなります。

それでも、あの人工的に作られた難民キャンプという場であっても、難民一人ひとりの人間が持つすばらしさを垣間見る瞬間もあります。難民に助けてもらったり、難民のおばあさんが何もない自分の暮らすシェルターに招き入れてもてなそうとしてくれたり。人の温かさを感じる瞬間も多いです。

人間は希望をもったり絶望したりの繰り返しなのかなと思います。その中で最後に「人間は大丈夫なのだと思えるときが来る」と私は信じています。私にとってそれが援助活動を続ける原動力です。

あらためて日本の支援者の皆様に御礼申し上げます。緊急事態があればすぐに反応してくださること、日本からのご支援はUNHCRが現場で最も必要と思う援助活動に活用できることがとてもありがたいです。

日本からのご支援は、確実に色々な人を救っています。


※当協会は認定NPO法人ですので、ご寄付は寄付金控除(税制上の優遇措置)の対象となります。

X

このウェブサイトではサイトの利便性の向上を目的にクッキーを使用します。詳細はプライバシーポリシーをご覧ください。

サイトを閲覧いただく際には、クッキーの使用に同意いただく必要があります。

同意する