UNHCRパキスタン 吉田典古(よしだのりこ)代表インタビュー

「洪水後のパキスタンは厳しい状況です。アフガン難民とパキスタンの受け入れコミュニティを国際社会で力を合わせて支えていかなければならないと強く思います」

公開日 : 2023-05-19

2022年、パキスタンの夏は異常でした。2020年4月にパキスタンに着任してから3度目の夏でしたが、繰り返し豪雨と洪水が発生しとにかく大変な状況でした。

私はUNHCRパキスタンの職員と共に洪水の被害状況を実際に自分の目で見るため8月末から10月にかけて被害の大きかったハイバル・パフトゥンハー州 (KP州)、バロチスタン州、シンド州の被災地区に足を運びました。

被災地区は見渡す限りありとあらゆる場所が水浸しでした。シンド州を訪れたのはモンスーンの季節が終わった10月でしたが、その時期になってもいまだに水が引かず町中がまるで池のようでした。私たちはやむを得ずその中をボートでわたっていきました。

難民の居住地には無残に壊れた泥レンガの家々の残骸がありました。むしろ家自体がまるで無かったように殆どすべて流されていたというべきかもしれません。

洪水によって一瞬にして破壊された難民の泥レンガの家の跡を目にして胸が痛くなりました。人によっては40年以上パキスタンで避難生活を送っているアフガン難民。40年経っても泥レンガの家に住まなければならないこと。そして難民が細々と暮らしを紡いできたその家々が洪水で一瞬にして壊されたその様は、まるで難民の人生を象徴しているようでした。


昨夏パキスタンの洪水の際、難民の6割以上が被災地区にいたことをご存じでしょうか。

日本でもパキスタンの洪水被害を報道等でご覧になった方もおられるのではないでしょうか。昨年の洪水によってパキスタンでは国民約2億2090万人のうち3300万人以上が被災しました。洪水はパキスタンの社会・経済に大打撃を与え、難民も甚大な被害を被りました。

洪水発生直後から、国連は複数組織で分担・連携して援助活動を展開しました。UNHCRは脆弱な立場の方々を守る「保護」分野の担当として難民およびパキスタンの脆弱な方々に対して緊急援助活動を行いました。

現在は、洪水で壊れた学校など公共施設の修復を支援しつつ、通常の難民を支える援助活動に注力しております。

パキスタンのアフガン難民について状況を少し説明いたします。

1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻以来、何百万というアフガニスタンの人々が隣国パキスタンに助けを求めました。パキスタンは先進国ではなく中低所得国です。パキスタン自体が様々な難しさを抱えています。しかも当初ソ連・アフガニスタン両政府は難民を国外退去させるようパキスタンに圧力をかけました。

しかしパキスタンは難民を受け入れました。そのときはパキスタンの人々も逃れてきたアフガン難民も避難は一時的なものと信じていたに違いありません。

けれどその後戦乱は続き、アフガン難民のパキスタンでの避難生活はすでに40年以上になりました。世界各地で新しい紛争や難民問題が次々に起こる中、長期化したパキスタンのアフガン難民への国際社会からの支援は40年間にどんどん減っていきました。

その間パキスタンが40年以上も膨大な数のアフガン難民を受け入れ続けているのは本当にすごいことです。しかもパキスタン国内では難民には移動の自由があり、パキスタン政府は登録されている難民に対し医療や教育機会も提供しています。これは本当に素晴らしいこと、非常に寛容な対応です。

とはいえパキスタンにおけるアフガン難民の生活はやはり厳しいものです。困難を抱えるパキスタンはアフガン難民の母国への帰国を前提として「一時的にアフガン難民を受け入れている」という立場をとっています。

そのためアフガン難民の避難生活には色々な制約があります。まだまだ教育不足と貧困は深刻です。40年経っても貧しい泥レンガの家に住む難民が大勢いる、それが現実です。

今、パキスタンは危機的状況にあります。経済、政治、治安、あらゆる状況が悪化していたところに大洪水が起き、国自体がギリギリの状態です。そして昨年の洪水で最も甚大な被害を被ったのは被災地区に多数住んでいたアフガン難民やパキスタンの貧困層など脆弱な人でした。

現状、パキスタンに大規模な難民支援を一方的に要求し続けるのは非現実的です。受入国の貢献をきちんと評価・感謝し、対応能力を把握した上で、受入国の対応を国際社会がサポートし続ける。難民は受入国だけでなく国際社会で力を合わせて支えていかなければならないとあらためて強く思います。

このような状況下、パキスタンにおけるUNHCRの支援の重要性は一層増しています。

2022-2024年 パキスタンにおけるUNHCRの難民援助活動の主な方針は以下の通りです。

  1. 「難民のための公衆衛生」「教育」「水と衛生サービス」の強化
  2. 「公的な医療サービスへのアクセス」の拡大
  3. 生計・自立支援
  4. グリーンエネルギーへのアクセス提供
  5. 「ジェンダーに起因する暴力への対策」「子どもの保護プログラム」の強化

このいずれもが非常に重要ですが、自然環境に関する施策としては「グリーンエネルギーへのアクセス提供」が挙げられます。

UNHCRは援助活動自体をできるだけ環境に配慮したものにしていこう、という指針のもと、ここパキスタンでも「ソーラーランタン」や「エネルギー効率の良い調理器具」の配布などを行っています

私は時折アフガン難民が暮らす質素な泥レンガの家の様子を思い出します。気温が50℃になってもそこにクーラーはありません。日本の生活に慣れているとそれはとんでもないことでしょう。でもこれがアフガン難民の「普通」なのです。

母国に帰りたくても帰れない。避難先では厳しい生活が続く。がんじがらめの状況です。それでもアフガン難民はその中で毎日必死に生きています。

その姿を見るたび「普通とはなんだろう、果たして私は同じようにすべてを失っても難民のように前を向いて生きていけるだろうか」と思わされます。

すべてを失う経験は1度でも辛いものです。でもここパキスタンでは繰り返しすべてを失う辛い経験をしたアフガン難民がたくさんいます。

私は人間の持つ強さというものを難民から学ばせていただいています。そしてそのような機会をいただいていることを幸運だと感じています。それが、私にとって難民支援の仕事を続ける上で大きな原動力となっています。

日本からUNHCRへのご支援はパキスタンのアフガン難民にとっても大きなものです。
あらためてUNHCRへのご支援に御礼申し上げます。

(2023年2月21日・オンライン取材/聞き手・構成:国連UNHCR協会)

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